月刊「MICEJAPAN」

2026年7月号
「支える」という仕事の価値 元陸上選手・為末 大 氏に聞く、ダイバーシティと"黒子"の力

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東京大学 先端科学技術研究センター 附属包摂社会共創機構 教授 為末 大 氏


インタビュアー

(一社)日本コンベンション協会(JCMA)

理事 兼 ダイバーシティ推進委員会 元委員長 西川 洋子 氏

(株)コンベックス 代表取締役専務

委員 乙川 まどか 氏 (株)シネ・フォーカス 営業開発室

為末 大 氏

1978年広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2026年6月現在)。現在はスポーツ事業を行うほか、アスリートとしての学びをまとめた近著『熟達論:人はいつまでも学び、成長できる』を通じて、人間の熟達について探求する。その他、主な著作は『Winning Alone』『諦める力』など。


「業界の外」と対話する意味

西川 MICE業界は、国際会議をはじめ、多様な文化や価値観を持つ参加者をお迎えする機会が多く、また外国籍のスタッフも数多く活躍している業界です。私たちは日常的に"ダイバーシティの中"で仕事をしているとも言えます。


このような中、JCMAでは女性委員会としてスタートした活動を発展させる形で、ダイバーシティ推進委員会を立ち上げ、教育・交流・情報発信などに取組んできました。


そして委員会発足から10年という節目を迎えた今、これまでの"内向き"の活動だけではなく、業界の外に向けての発信も必要ではないかと考えました。


そこで今回、まずはこの業界とは異なる視点を持つ方との対話を通じて、新たな気づきや価値観を発信していきたいと考えました。委員会内でもさまざまな候補のお名前が挙がりましたが、「異なる業界だからこそ見える視点があるのではないか」という声が多く、その中で最も支持を集めたのが為末大さんでした。


今日は、スポーツの世界から見たダイバーシティ、組織、人材育成、そして"支える"という仕事の価値について、お話を伺えればと思っています。


多様性の中へ入っていく経験

西川 為末さんは、現役時代に海外で競技をされる中で、ダイバーシティをどのように感じていらっしゃいましたか。


為末 最初に海外の大会へ行ったのは22~ 23歳の頃でした。オリンピックや世界陸上は、基本的に各国の代表チームとして派遣されるので、"小さな日本"がそのまま移動するような感覚です。選手村にも日本チームとして入り、日本語だけで生活が成立してしまいます。「オリンピック=世界中の人と交流する場所」というイメージを持たれがちですが、実際には、日本人だけで完結してしまう部分もかなり大きいです。


しかし国の派遣とは異なり、エージェントが選手を集めて行う賞金レースのグランプリ大会では、一気に環境が変わりました。陸上競技は、スポーツの中でもお金がかからない競技で、"足一本"で世界に出てゆける。だから、さまざまな背景を持つ選手が集まってきます。当時は、ジャマイカ勢がすごく強かったので、ずっとレゲエが流れているような世界で、日本人はほとんどいない。競技にはジャマイカ、ドミニカ、チェコ、ロシア、サウジアラビアなど世界中から選手が集まり、試合が終わるとみんなで集まって交流しました。400mハードルは100mほど注目される競技ではない、どこか"マイナー競技同士の仲間意識"もありました。


海外選手たちと話していると、物事の捉え方がそれぞれ違うのです。例えば、当時のトップ選手の一人は敬虔なカトリックで、「試合結果は人間が決めるものではなく、神様が決めるものだ。我々にできるのは準備までだ」と話していました。これはスポーツ心理学的にも理にかなった考え方ですが、「最後はなるようになる」という感覚です。


大会運営も、日本の「きっちり進行する大会」が当たり前だと思っていたのですが、海外ではかなり大雑把なことも多くて、「こんな感じでも回るんだな」と驚くこともありました。


また、海外へ出ることで、「スポーツとは何か」という考え方自体が国によって全く違うことにも気づきました。日本では、スポーツはどちらかというと教育や精神鍛錬という感覚が強い。一方で、ヨーロッパでは"文化"や"エンターテインメント"として捉えられていたり、アメリカでは"ビジネス"という側面が非常に強かったりする。同じスポーツでも、前提となる価値観が全然違うんです。


そうした違いに触れたことで、「人によって世界の見え方は違う」ということを学んでいったのが、私にとって最初の"ダイバーシティ"だったように思います。


西川 私たちは、訪日される海外の方を受け入れる、という感覚が強いですが、為末さんの場合は、ご自身が多様性の中へ入っていったわけですね。


為末 オランダ・デンハーグで生活していた時は、ルームメイトはケニアの長距離選手たちでした。彼らは朝食に、もちもちしたパンのようなものを食べるのですが、気づけば私も一緒に食べていました。このように、滞在していたのはオランダでも、擬似的にさまざまな国や文化を体験できたことは、とても貴重な経験だったと思います。


選手村でも、大変印象深い経験をしました。北京オリンピックの時、リレーの候補選手だったので、自分の競技が終わった後も数日残っていました。北京が最後のオリンピックになるかもしれないと思い、初めて少し"選手村そのもの"を味わってみようと思ったのです。この時、深夜の食堂で、北朝鮮の選手と韓国の選手が自然に会話している瞬間に遭遇しました。


その時に感じたのは、人は一つの属性だけで生きているわけではない、ということでした。国籍という軸もある。でも同時に、「同じ競技に取組む選手」という軸もあり、選手たちは勝負のプレッシャーや、国を背負う感覚、負けた経験など、似たような背景を共有しているのです。


この深夜の食堂では、行政やメディアが入らない空間であることも相まって、その場では「国籍」よりも、「自分たちは同じ競技者だ」という感覚の方が強く出たのでしょう。


このように人には、いろいろな側面やアイデンティティがあって、場面によってどの軸が強く現れるかが変わることを感じました。


西川 私たちは普段の生活で、"ダイバーシティ "をそこまで強く意識する場面は多くありませんが、選手村はそれが当たり前に存在している空間なのですね。


為末 私は2000年から2008年までオリンピックを経験しましたが、最初の頃は、食堂でも「ハラルフードがあります」くらい。でも、次第に細かな食文化や宗教、思想に対応したメニューが増え、その結果、食堂の列もどんどん長くなり、それがすごく興味深かった。私も、「せっかくだから食べてみよう」とハラルフードを試し、「なるほど、こういう文化なんだ」と体感しました。


西川 知識としてではなく、"体感"なのですね。


為末 こうした経験は、自分の感覚や価値観に大きな影響を与えていると思います。


 


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